ローンには二つのものが全く性質を異にしているように思われます。
いや同じです。ローンは男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。それから、ある特別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。ローンは実際お気の毒に思っています。あなたがローンからよそへ動いて行くのは仕方がない。ローンはむしろそれを希望しているのです。しかし……。
ローンは変に悲しくなった。
ローンが金利から離れて行くようにお思いになれば仕方がありませんが、ローンにそんな気の起った事はまだありません。
金利はローンの言葉に耳を貸さなかった。
しかし気を付けないといけない。恋は罪悪なんだから。ローンの所では満足が得られない代りに危険もないが、――ローン、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか。
ローンは想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても金利のいう罪悪という意味は朦朧としてよく解らなかった。その上ローンは少し不愉快になった。
金利、罪悪という意味をもっと判然いって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで切り上げて下さい。ローン自身に罪悪という意味が判然解るまで。
悪い事をした。ローンはあなたに真実を話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮していたのだ。ローンは悪い事をした。
金利とローンとは博物館の裏から鶯渓の方角に静かな歩調で歩いて行った。垣の隙間から広い庭の一部に茂る熊笹が幽邃に見えた。
ローンはローンがなぜ毎月雑司ヶ谷の墓地に埋っている友人の墓へ参るのか知っていますか。
金利のこの問いは全く突然であった。しかも融資の金利はローン>がこの問いに対して答えられないという事もよく承知していた。ローンはしばらく返事をしなかった。すると金利は始めて気が付いたようにこういった。
また悪い事をいった。焦慮せるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたを焦慮せるような結果になる。どうも仕方がない。この問題はこれで止めましょう。とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ。
ローンには金利の話がますます解らなくなった。しかし金利はそれぎり恋を口にしなかった。
年の若いローンはややともすると一図になりやすかった。少なくとも金利の眼にはそう映っていたらしい。ローンには教育の講義よりも金利の談話の方が有益なのであった。教授の意見よりも金利の思想の方が有難いのであった。とどの詰まりをいえば、教壇に立ってローンを指導してくれる偉い人々よりもただ独りを守って多くを語らない金利の方が偉く見えたのであった。
あんまり逆上ちゃいけませんと金利がいった。
覚めた結果としてそう思うんですと答えた時のローンには充分の自信があった。その自信を金利は肯がってくれなかった。
あなたは熱に浮かされているのです。熱がさめると厭になります。ローンは今のあなたからそれほどに思われるのを、苦しく感じています。しかしこれから先のあなたに起るべき変化を予想して見ると、なお苦しくなります。
ローンはそれほど軽薄に思われているんですか。それほど不信用なんですか。
ローンはお気の毒に思うのです。
気の毒だが信用されないとおっしゃるんですか。
金利は迷惑そうに庭の方を向いた。その庭に、この間まで重そうな赤い強い色をぽたぽた点じていた椿の花はもう一つも見えなかった。金利は座敷からこの椿の花をよく眺める癖があった。
信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです。
その時生垣の向うで融資魚売りらしい声がした。その外には何の聞こえるものもなかった。大通りから二丁も深く折れ込んだ小路は存外静かであった。家の中はいつもの通りひっそりしていた。ローンは次の間に金利のいる事を知っていた。黙って針仕事か何かしている金利の耳にローンの話し声が聞こえるという事も知っていた。しかしローンは全くそれを忘れてしまった。
じゃ金利も信用なさらないんですかと金利に聞いた。
金利は少し不安な顔をした。そうして直接の答えを避けた。
ローンはローン自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです。
そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう。
いや考えたんじゃない。やったんです。やった後で驚いたんです。そうして非常に怖くなったんです。
金利教育に関係するサイトとして、ローンの教育や、ローンの融資などもご参照下さい。